牧阿佐美バレヱ団のホームページへようこそ。世界からトップダンサーをゲストに招き、牧阿佐美と三谷恭三が華麗な舞台を創造します

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クラシカ・ジャパンWebサイト
7月に行われたバレエ団レッスン見学会のレポートが、クラシカ・ジャパンWebサイトに掲載されました。
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福島民報 2018年7月26日 インタビュー記事が掲載
福島民報7月26日  菊地研 「飛鳥 ASUKA」のインタビューが掲載されました。 
YAHOO!ニュース エンタメ 2018年8月10日 記事が掲載
「日本バレエ界のレジェンド・牧阿佐美 世界で愛される、日本発のバレエを求めて」として、記事が掲載されました。
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読売新聞 2018年8月7日 夕刊より 牧阿佐美インタビュー 
「世界で踊り継がれる作品に」牧阿佐美バレヱ団「飛鳥 ASUKA」、インタビュー記事が掲載されました。
毎日新聞 2018年6月12日 夕刊より 牧阿佐美インタビュー 
毎日新聞2018年6月12日夕刊 
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2016年8月初演時の公演評

読売新聞 2016年9月6日夕刊

読売新聞2016年9月6日夕刊 「飛鳥」公演評
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産経新聞 2016年9月4日

スヴェトラーナ・ルンキナとルスラン・スクヴォルツォフは、格調高い踊りで奥ゆかしさと情熱を表現。威厳あふれる竜神役の菊地研、しなやかな金竜役の青山季可ら、バレエ団ソリストの見事な踊りも幻想譚に迫力と真実味を与えた。(略)邦楽に着想した音色、刻一刻と変化する鮮やかな画は、舞踊表現に新たな効果を生んだ。 (岡見さえ)

公明新聞 2016年9月9日

ルンキナの、全身で豊穣に語り紡ぐ踊り。恋心が溢れるスクヴォルツォフ、和風な腕や掌の用い方で、魔術的な威厳を表す菊地研。(略)画伯・絹谷幸二が描いた、天平の寺院や村里、鎮守の森。珊瑚礁の海中や、空をかけ巡る竜神。それらを映像に仕上げ、演出したのは、クリエイティブ集団のZero-Ten。この趣向は、古代風な衣装(石井みつる/牧阿佐美)、和風の響きが融合する楽曲(作曲=片岡良和/演奏=東京フィルハーモニー交響楽団)と共に、日本色を世界に打ち出す底力になりそうだ。 (原田広美)

週刊オン・ステージ新聞 2016年9月23日 号

すがる乙女と岩足を踊るスヴェトラーナ・ルンキナとルスラン・スクヴォルツォフは長身の美しい容姿としなやかな動きが際立ち、日本で生まれた物語に、文化の違いを越えた普遍の香りを加える。(略)映像と舞踊のコラボレーションは数多いが、バレエ作品でのここまで思い切った起用は珍しく、幻想的な内容にマッチして大きな効果を上げた。バレエに限らず、舞台作品の可能性を拡げる試みは、歴史ある作品をさらに印象深いものにしたと言っていい。 (新藤弘子)

ダンスマガジン 2016年12月号 

絵を演奏してダンサーを生かす
牧阿佐美バレヱ団六十周年記念公演「飛鳥」を包んだコンピュータ・グラフィックス
ダンスマガジンインタビュー(三浦雅士・榎本二郎)より抜粋

三浦
    牧阿佐美バレヱ団の創立六十周年記念公演『飛鳥』を見て感動しました。大成功だったと思います。ほくは二十年ほど前に上演されたものを見ているのですが、まったく違う作品に生まれ変わったと思いました。牧さんの新振付、新演出も良かったし、絹谷幸二さんの美術も良かったけれど、それらを総合したコンピュータ・グラフィックス、というか総合演出にぼくは本当に驚きました。音楽もとても良く聞こえてきました。今回の舞台には、いわゆる舞台装置が存在しない。装置のほとんどを映像が担ったわけです。これを手がけたZERO-TENとその代表である榎本二郎さんのことは、ぼくは事前には何も知らなかったわけですから、驚きも大きかった。
一番驚いたのは、絹谷幸二さんの絵の力強さに圧倒されたことです。絹谷さんの作品はもちろん知っていましたが、ポストモダンの日本画家くらいの感じで、率直に言ってそれほど凄いと思ったこともなかった。主題も構成も色彩もタッチも、ポストモダンによくあるもので、梅原龍三郎と横尾忠則を足して二で割って日本画の土壌に移したというような印象でした。それが今回の榎本さんの映像でまったく変わった。冒頭、竜神の絵がどんどん拡大し舞台全面を所狭しとばかりに動いていく場面で、勝負あったと思いました。絹谷さんの絵がこの巨大化に耐えることに驚いただけではなく、こういうふうにして見てはじめて魅力が分かる絵だったんだということがはじめて分かった。細部にこれほどの力があるということは絵の写真だけでは分からなかった。というか、この人の絵は、おそらく実物でさえも、拡大鏡で見なければわからなかったんだ、ということが分かった。それで、この画家に対する映像演出家の物凄い愛情を感じました。こんな大胆なことは画家と絵に対してよほどの愛情がなければできない。普通だったら文句を言われるかもしれないでしょ。それをこのやり方でいいんですと説得するにはたいへんな力が要るわけですから。
しかも、舞台が始まると同時に、同じ愛情が振付家つまり牧さん、そして牧バレエ団のダンサーたちにも降り注いでいることに気づいた。それで、鳥肌が立つほど感動しました。映像が一挙に前面から退いてダンサーの背後に回って彼ら彼女らを支えようとしている。決して出過ぎない。やるじゃないかと唸りました。考えてみれば、画家にだけ愛情を注いで振付家、ダンサーには愛情を注がないということはありえない。というか、才能というのは要するに愛情のことなんですよね。竜神の絵と動きも素晴らしいけど、吉野の桜を俯瞰する絵も素晴らしかった。まるで上空から吉野の花見に出かけたような気分になった。竜神に招待され、ともに飛翔している気分になったというか。それが二幕のディヴェルティスマンに良く合っていて、牧さんの群舞の振付がいっそう引き立っていました。牧さんの振付にぼくは気迫というか意地というか、強いものを感じました。榎本さんの映像総合演出が、それをとてもよく支えていた。素晴らしい才能の登場だと思いました。
榎本    そう言っていただけると本当に嬉しいです。
三浦    一番感動したのは、ダンサー、コリオグラファー、ペインターを前面に出して、それらを包み込むようにまとめてみせたにもかかわらず、そのことをこれ見よがしには全然していなかったこと。「俺、すごいだろ」というふうなところがまったくない。牧阿佐美、絹谷幸二、そしてダンサーのルンキナや菊地研、ソリスト、コール・ド・バレエを目立たせていて、自分を目立たせるようにはしていない。踊りの邪魔をせず、ダンサーの踊りが一番よく見えるようにしている。ダンサーと絵のパワーで片岡良和の音楽も違って聞こえてきて、それにも驚きました。
榎本    ぼくはずっと映像の仕事に携わってきたわけですが、今回すごく意識していたポイントは、音楽とダンスの間の膜のようになった空間を作りたいということでした。映像は実体があるようでない。光ですから。その映像がきれいな膜になって空間を作るように努めます、と、牧さんには最初に伝えていたんです。
三浦    音楽とダンスの間の膜というのは的確な表現だと思います。それが融合的、総合的な表現空間を構成する指針になったわけですね。 (略) 目立たないようにしているにも関わらず、音楽、舞踊、美術のすべてを生かしながら総合している、つまりひとつの生き物として呼吸させているのがコンピュータ・グラフィックスですから、全体が榎本さんの作品になっているのです。これは二十一世紀の舞台芸術が今後どうなっていかなくてはいけないか、ということに対する物凄く大きい問題提起です。
榎本    最初は映像を映す舞台セットを組むのにも、照明さんや大道具さんにこちらの要望を伝えて説得するのが大変でした。でも、先生の絵がよく見えたと言っていただけて本当によかったです。 (略)

記事の全文は「ダンスマガジン」2016年12月号(バックナンバー)でご覧ください。
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