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橘秋子記念財団は、昭和50(1975)年4月12日、わが国におけるバレエ教育の向上とバレエ芸術の振興・普及に努めた故橘秋子氏の意志継承を目的として、設立されました。 1.バレエ芸術の優秀な成果に対する表彰 |
| 1907年(明治40年)6月17日栃木県宇都宮市宿郷町518番地に生まれる。栃木県立師範学牧を卒業後、小学校の教師となった橘秋子は“日本バレエの母”エリアナ・パブロバの舞台に感激し1930年(昭和5年)両親の反対を押し切って上京、パブロバの門下生となる。天性の運動神経の良さから、内弟子になって3日目に浅草松竹座でのパブロバ・バレエ団公演の舞台にトウシューズで立つという伝説的エピソードをもつ。
1933年(昭和8年)、橘バレエ研究所(現在の牧阿佐美バレヱ団)を開設。橘バレエ学校でいちはやく着手したバレエの早期教育により優秀な踊り手を多く世に送り出すとともに、バレエを職業とするプロのバレリ−ナを創る意欲に燃えた。 バレエ草創期の困難な状況の中で、諸外国より著名なバレリーナを呼ぴバレエの名作を次々と発表。1963年(昭和38年)から亡くなるまでの8年間に39回もの定期公演を行い、その意気込みは人を圧するものがあった。 バレエ芸術振興に奔走し、1971年(昭和46年)5月に道なかばで病死。 63歳。 門下生には牧阿佐美、大原永子、森下洋子、川口ゆり子などがでている。 |
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